第1部 全体像を理解する:サナエノミクス入門
1.1 はじめに:日本経済の新しい船長
高市早苗氏は、保守的な政治信条を持ち、安倍晋三元総理大臣との関係が深いことで知られています 。
その断固とした姿勢から、英国のマーガレット・サッチャー元首相になぞらえて「鉄の女」と呼ばれることもあります 。もし彼女が日本の総理大臣に就任した場合、日本経済の舵取りはどのように変わるのでしょうか。
その羅針盤となるのが、彼女が提唱する経済政策「サナエノミクス」です 。これは「強く豊かな日本」の実現を目指す経済の設計図であり、安倍政権の経済政策「アベノミクス」を継承し、発展させることを目的としています 。
本稿では、まずこの「サナエノミクス」というゲームのルールを、誰にでもわかるように簡単な言葉で解説します。
その上で、この新しいルールの下で、どの企業(プレイヤー)が勝ち、どの企業が苦戦を強いられるのかを専門的な視点から分析していきます。
1.2 「サナエノミクス」とは?
このセクションでは、小学生にもわかるようにサナエノミクスの中心となる3つの柱を、身近な例えを使って解説します 。
柱1:お金を使いやすくする(金融緩和)
- 例えるなら: お金の「レンタル料金」を安くすること 金利とは、お金を借りる時に支払う「レンタル料金」のようなものです。日本の中央銀行である日本銀行がこのレンタル料金をとても安くすることを「金融緩和」と呼びます 。
- どんな効果があるの? お金のレンタル料金が安くなると、会社は新しい工場を建てたり、お店を開いたりするためにお金を借りやすくなります。個人も、新しい車や家を買うためにローンを組みやすくなります 。その結果、世の中に出回るお金の量が増え、川の流れが速くなるように経済活動が活発になります 。高市氏はこのアベノミクスから続く政策を継続し、経済が冷え込まないようにしたいと考えています 。
柱2:政府による大規模な買い物(財政出動)
- 例えるなら: 国という大きな家族の「特別なお買い物」 政府は、国という一つの大きな家族のようなものです。「財政出動」とは、この家族が、たとえ借金をしてでも、国民の生活にとって重要なものにたくさんお金を使うことを決めることです 。例えば、家族みんなを守るために、家の屋根をより頑丈なものにしたり、最新の防犯システムを導入したりするようなものです。
- どんな効果があるの? 政府は、日本の防衛力を高めたり、新しい道路を建設したり、未来の技術を開発したりするためにお金を使います 。この政府の「お買い物」は、それらの仕事をする人々の雇用を生み出し、日本の企業から製品や材料を購入することにつながります。これにより、経済全体がより活発になり、国が強くなります 。高市氏は、特に危機的な状況において、この政府支出が極めて重要であると考えており、その実現のためなら一時的に財政収支の黒字化目標を凍結することも厭わない姿勢を示しています 。
柱3:より強く、賢い国を築くための投資(成長・危機管理投資)
- 例えるなら: 未来のための「賢いお買い物」 これは、政府が「特別なお買い物」で何を買うか、という話です。
ただ闇雲にお金を使うのではなく、「日本」という国をより安全で未来に対応できるものにするための投資です 。具体的には、国を守るための防衛力の強化、自分たちでエネルギーを確保できるようにすること(自家発電機を持つようなもの)、そして世界をリードするような新しい技術を開発することなどが含まれます 。 - どんな効果があるの? このような重点的な投資によって、日本が重要な分野で世界のリーダーになることを目指します。国が安全になり、世界に売れる価値ある新製品を生み出すことができれば、長期的には国民全体の生活が豊かになると考えられています 。
表1:一目でわかるサナエノミクスとアベノミクスの比較
| 柱 | アベノミクスの「三本の矢」 | サナエノミクスの「三本の柱」 |
| 第一の柱 | 大胆な金融政策 | 大胆な金融緩和(継承) |
| 第二の柱 | 機動的な財政政策 | 機動的な財政出動(継承・強化) |
| 第三の柱 | 民間投資を喚起する成長戦略(規制緩和が中心) | 大胆な危機管理投資・成長投資(政府主導の重点投資) |
この比較からわかる最も重要な点は、第三の柱における方針転換です。
アベノミクスの「成長戦略」は、主に政府が規制を緩和するなどして「民間の邪魔をしない」ことで、企業の活力を引き出すことを目指しました 。一方で、サナエノミクスの「危機管理・成長投資」は、政府がより積極的に「介入」し、防衛やエネルギーといった国家戦略上重要な分野に資金を重点的に配分する、国家主導型の資本主義モデルへの転換を示唆しています 。
この思想的な違いが、これから分析するセクターごとの明暗を分ける根源となります。
第2部 政策から利益へ:詳細セクター分析
ここからは、専門的な分析へと移行します。サナエノミクスの主要政策が、日本経済のどのセクターに、どのような影響を与えるのかを深く掘り下げ、構造的な勝ち組と負け組を明らかにします。
2.1 日本の盾を鍛える:防衛・安全保障セクターの隆盛
高市氏が掲げる国家防衛と経済安全保障の強化は、特定の産業群にとって最も直接的で強力な追い風となります。これは単なる予算増額に留まらず、国家の優先順位そのものを再編する戦略的な動きです。
- 防衛費の拡大 防衛力を抜本的に強化するという政策は、日本の主要な防衛関連企業に直接的な恩恵をもたらします 。防衛省との契約額で首位を走る三菱重工業(7011) は、護衛艦や戦車、航空機などの受注増加が見込まれます 。また、エンジンを手掛ける IHI(7013)や航空宇宙分野のサプライチェーンを担う川崎重工業(7012)なども、この恩恵を享受するでしょう 。
- 経済安全保障の確立 この概念は、従来の防衛よりも広範です。サプライチェーンの強靭化、重要インフラの保護、そして地政学的リスクを持つ他国への依存を減らすための国内技術の育成などが含まれます 。この政策は、国内の重要技術を持つ企業に「ジャパン・プレミアム」とも言うべき優位性を与えます。これは、たとえ海外製品が安価であっても、安全保障上の観点から国内製品が優先されるという、価格競争を超えた競争環境の変化を意味します。
- サイバーセキュリティの重視 現代の防衛・経済安全保障において、サイバーセキュリティは不可欠な要素です。高市政権下では、政府機関や重要インフラにおいて、外国製ではなく日本製のセキュリティ製品の導入が強力に推進される可能性が高いです 。特に、「純国産」を掲げるFFRIセキュリティ(3692)のような企業は、政府からの受注増加や需要拡大の最有力候補となります 。
2.2 エネルギー大転換:原子力の復権と太陽光の黄昏
高市氏のエネルギー政策は、近年のトレンドを根本から覆すものであり、原子力セクターに明確な勝機をもたらす一方で、メガソーラー業界には深刻なリスクを突きつけます。
- 原子力推進への明確なシフト 高市氏は、エネルギー安全保障と自給率向上の観点から、原子力を強力に推進する姿勢を鮮明にしています 。政策の柱は、①既存原発の再稼働加速、②次世代革新炉(SMR)の導入、③核融合開発の国家プロジェクト化、の三点です 。これにより、原子力関連のサプライチェーン全体が活性化します。核融合実験炉向けの特殊センサーを手掛ける助川電気工業(7711) は直接的な恩恵を受けるでしょう 。また、核融合に不可欠な超電導線材を開発する フジクラ(5803)や、レーザー核融合技術を持つ浜松ホトニクス(6965)なども、研究開発予算の増額や新たな需要の恩恵を受けると期待されます 。
- メガソーラーへの逆風 対照的に、高市氏はメガソーラー事業に対して批判的な見解を示しています 。その理由は、景観破壊、外国製パネルへの依存、補助金制度への疑問などです 。これは、将来的に固定価格買取制度(FIT)のような補助金の見直しや、新規開発に対する規制強化につながる可能性を示唆しています。この政策転換は、大規模太陽光発電所の開発・運営をビジネスモデルの中核に据える企業にとって、深刻な逆風となります。
メガソーラー事業を全国で展開するウエストホールディングス(1407) や、再生可能エネルギー開発大手のレノバ(9519)などは、事業の成長性や収益性に大きな影響を受ける可能性があります 。
このエネルギー政策の転換は、今後10年間のエネルギーセクターにおける資本の流れを劇的に変えるでしょう。これまで再生可能エネルギーファンドや太陽光プロジェクトに向かっていた巨額の投資資金が、原子力の研究開発やインフラ整備へと再配分されることになります。
これにより、太陽光関連企業は資金調達コストが上昇し、一方で原子力関連企業はより有利な条件で資金を確保できるようになるという、自己実現的なサイクルが生まれる可能性があります。
2.3 諸刃の剣:ハイテクへの野心と労働力不足の現実
サナエノミクスには、その成功を左右しかねない重大な内部矛盾が存在します。それは、国家主導の野心的な成長戦略と、その成長を支える労働力の確保に対する慎重な姿勢との間のギャップです。
- ハイテク分野への成長投資 高市氏は、宇宙開発、5Gインフラ、次世代エネルギーといった最先端技術分野への投資を成長戦略の柱としています 。特に、宇宙ゴミ(スペースデブリ)除去技術を開発するアストロスケールホールディングス(186A)は、高市氏自身が関心を示したこともあり、政府からの支援が期待される筆頭企業です 。
- 「人手不足」という壁(政策の矛盾) この成長への野心と対照的なのが、移民や外国人労働者の受け入れに慎重な姿勢です 。しかし、日本経済はすでに基幹産業において深刻な人手不足に直面しています。
- 建設業界: 労働者の高齢化と若者の入職者不足により、人手不足が慢性化しています 。これは、サナエノミクスの財政出動によって計画されるインフラプロジェクトの実行そのものを脅かしかねません 。
- 介護業界: 急速な高齢化に伴い介護サービスの需要は爆発的に増加していますが、現場はすでに人手不足で崩壊寸前です 。
- 外食・サービス業界: これらの業界はパートタイム労働者や外国人労働者に大きく依存しており、「人手不足倒産」が現実の問題となっています 。
この労働力不足は、個々の企業の問題に留まらず、日本経済全体のマクロ経済的なブレーキとなり、サナエノミクスの成長促進策の効果を完全に相殺してしまう可能性があります。金融緩和や財政出動によって需要を喚起しても、労働力不足によってモノやサービスを供給する能力が追いつかなければ、健全な経済成長ではなく、単なる物価上昇(コストプッシュ・インフレ)を引き起こすだけです。建設費、介護サービス料、外食価格などが、労働コストの高騰によって急上昇するシナリオが考えられます。これは、高市氏の経済政策全体にとって最大のリスクと言えるでしょう。
第3部 実践的情報:投資推奨銘柄
これまでの分析を踏まえ、具体的な投資アイディアを提示します。サナエノミクスの下で恩恵を受ける企業と、逆風にさらされる企業をそれぞれ5社ずつ選定し、その投資根拠を詳述します。
3.1 サナエノミクス・ポートフォリオ:成長が期待される5銘柄
サナエノミクスの核心的政策から直接的な恩恵を受けると期待される5社を以下に示します。
表2:サナエノミクス下で上昇が期待されるトップ5銘柄
| 企業名(証券コード) | 中核事業 | 主要な政策ドライバー | アナリストの視点 |
| 三菱重工業(7011) | 防衛装備品、原子力プラント | 防衛費増額、原子力推進 | 防衛と原子力の両輪で成長する、政策の恩恵を最も享受する企業。 |
| FFRIセキュリティ(3692) | 純国産サイバーセキュリティ | 経済安全保障、国産技術の優先 | 政府調達において価格以外の「国産」という強力な競争優位性を持つ。 |
| 助川電気工業(7711) | 原子力・核融合関連機器 | 原子力復権、核融合開発 | エネルギー政策転換の恩恵を直接受ける、ニッチで専門性の高い技術を持つ企業。 |
| アストロスケールHD(186A) | 宇宙ゴミ除去サービス | 成長投資、宇宙の安全保障利用 | 政府が育成を目指す未来産業の国内チャンピオンとして、資金と契約が集まる可能性。 |
| フジクラ(5803) | 光ファイバー、超電導線材 | 5Gインフラ整備、核融合開発 | デジタルとエネルギーという二大投資テーマの双方に製品を供給する基盤的企業。 |
- 三菱重工業(7011) 日本の防衛産業における揺るぎないリーダーであり、防衛費増額の直接的な受益者です 。同時に、SMR(小型モジュール炉)や既存原発の再稼働を推進する原子力セクターにおいても中心的な役割を担っており、高市氏の投資戦略の二大柱である「防衛」と「エネルギー」の両方から成長のエンジンを得る、まさに本命銘柄と言えます 。
- FFRIセキュリティ(3692) 「経済安全保障」を象徴する銘柄です。純国産のセキュリティソフトウェアに特化しているため、外国技術からのデリスキング(リスク回避)を目指す政府機関や重要インフラ事業者にとって、最優先の選択肢となります 。この「国産」という付加価値は、単なる価格競争力を超えた強力な参入障壁として機能します。
- 助川電気工業(7711) 原子力の復権を背景とした、専門技術に特化した銘柄です。既存の原子力発電所だけでなく、国際的な核融合実験炉(ITER)計画にもセンサーや関連機器を供給しており、「エネルギー大転換」によってもたらされる投資を直接的に享受する立場にあります 。
- アストロスケールホールディングス(186A) ハイテク分野における「成長投資」の最有力候補です。高市氏自身が同社の宇宙ゴミ除去技術に関心を示しており、宇宙空間が安全保障上の重要領域と見なされる中で、政府からの資金援助や契約が国内のリーディングカンパニーである同社に集中する可能性は高いと考えられます 。
- フジクラ(5803) 複数のサナエノミクス関連テーマを支える「縁の下の力持ち」的な銘柄です。5Gインフラ普及に不可欠な高性能光ファイバーのリーダーであると同時に、核融合炉に必須の高温超電導線材の主要メーカーでもあります 。デジタル化とエネルギーという二つの大きな投資の潮流から恩恵を受けることができる、盤石な事業基盤を持っています。
3.2 逆風への備え:下落の可能性がある5銘柄
高市氏の政策が事業モデルへの脅威となる、太陽光関連および労働集約型セクターの5社(類型を含む)を以下に示します。
表3:サナエノミクス下で逆風に直面するトップ5銘柄
| 企業名(証券コード) | 中核事業 | 主要な政策リスク | アナリストの視点 |
| ウエストホールディングス(1407) | 太陽光発電(特にメガソーラー) | メガソーラーへの規制強化、補助金見直し | 政策が事業の根幹を揺るがすリスク。成長ドライバーが失速する可能性。 |
| レノバ(9519) | 再生可能エネルギー開発 | 太陽光事業への逆風 | 多角化しているものの、太陽光への依存度が高く、政策転換の影響は避けられない。 |
| 大手建設会社(類型) | 総合建設業 | 深刻な人手不足、移民政策への慎重姿勢 | 公共事業は増えても、実行する労働者がいない。コスト増で利益が圧迫される。 |
| 大手外食チェーン(類型) | レストラン・居酒屋運営 | 労働力不足の深刻化、賃金高騰 | 低マージン事業が、移民なき労働市場の逼迫で成り立たなくなるリスク。 |
| 大手介護施設運営会社(類型) | 老人ホーム等の運営 | 介護人材の絶望的な不足 | 需要増と供給(人材)減のギャップが最も深刻。事業継続性への懸念。 |
- ウエストホールディングス(1407) 太陽光発電、特にメガソーラーの建設・運営を主力とする企業です 。高市氏の政策がもたらす規制強化、補助金見直し、そして事業そのものへの否定的なスタンスは、同社の中核的な成長ドライバーとプロジェクトの収益性を直接的に脅かします 。
- レノバ(9519) 同じく再生可能エネルギー開発のリーディングカンパニーであり、大規模な太陽光プロジェクトに多額の投資を行っています 。バイオマスや風力などへの多角化を進めているものの、時流に乗ってきた太陽光事業への逆風は、同社の事業ポートフォリオ全体に大きな影響を与えるでしょう。
- 大手建設会社(類型) ここでの投資テーマは、前述した「労働力不足の矛盾」です。財政出動によって公共事業の受注は増えるかもしれませんが、それを実行するための労働者が絶望的に不足しています 。外国人労働者の受け入れに慎重な政策 は、この問題をさらに悪化させ、急騰する人件費、工期の遅延、そして最終的には利益率の低下となって跳ね返ってくるでしょう。
- 大手外食チェーン(類型) ファミリーレストランや居酒屋チェーンのようなビジネスは、多数のパートタイム労働者や外国人労働者の存在を前提に成り立っています 。移民政策に大きな変化が見られない中で労働市場が逼迫すれば、企業は人材確保のために賃金を引き上げざるを得なくなり、元々低い利益率のビジネスモデルが崩壊するリスクに直面します。営業時間の短縮や店舗閉鎖、収益性の悪化が懸念されます。
- 大手介護施設運営会社(類型) このセクターは、最も深刻な人口動態の圧迫に直面しています。高齢化による需要の急増に対し、国内の労働供給は先細る一方です 。高市氏が積極的ではない外国人介護人材の受け入れ がなければ、施設を運営するためのスタッフを確保すること自体が困難になり、企業の成長は頭打ちとなり、人件費の高騰が経営を圧迫するという、極めて厳しい状況に追い込まれる可能性があります。
結論:新たな経済秩序の幕開け
サナエノミクスは、単なるアベノミクスの延長線上にある政策ではありません。それは、安全保障を経済の中心に据え、国家が特定の産業を戦略的に育成する、より国家主導型の経済モデルへの大きな転換点です。
この転換は、投資家にとって明確なシグナルを発しています。防衛、原子力、そして国産の先端技術といった、国家の保護と支援を受けるセクターが恩恵を受ける一方で、メガソーラーや、国内の労働力だけで運営するには限界がある労働集約型サービス業は、厳しい時代を迎えることになるでしょう。
最終的に、サナエノミクスの成否は、その中心的な矛盾を解決できるかどうかにかかっています。すなわち、「人」が減り続ける国で、いかにして成長のエンジンを再点火させるか、という難問です。投資家は、彼女が掲げるハイテクへの野心と、現場が直面する労働力不足の現実との間の綱引きを、最大限の警戒心をもって注視し続ける必要があります。

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